ジキルとハイド

04 ZX-10R(C型)と管理人がグダグダと日常を過ごす日記※前車RS250の記録も多数あります。

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またね

 いつかは分かる事。いつかは知らせないと行けないこと。


 少しでも前を向いていないといけない気がするから…俺は書きます。


 HPで相互リンクさせてもらい、またバイクだけでなくプライベートでも付き合いが多かったしの君が11月4日、不慮の事故によりこの世を去りました。享年20歳8か月。


 彼と出会ったのは写真のデータを頼りにすると2006年の6月10日。場所は3桁県道でした。

 峠で会った方々




この日撮った写真はこの1枚だけ。手前のCBの子の方がでっかく映ってるのは割愛w


 そして3日後、また同じ3桁県道にて初めて一緒に走る。この時から既に結構速かった印象を受けました。でもまだまだ荒削りと言った感じでこれからグンと伸びて行くのかなぁなんて思いながら前を走ったり後ろをつついたり。


 それからお互いHPを持ってる事もあり相互リンクをする事になり。BBSへの書き込みもしてくれ、携帯の連絡先を交換してからは誘われては一緒に走るって事が多かったです。

 俺は元々が内気な性格なので彼のように前に出て色んな人と話輪を作っていくタイプではなかったのですが、彼が誘ってくれて、そこでまた新しい輪があってそれに入らせてもらってと、バイク仲間を増やすきっかけとなったのもしの君の存在が大きかったです。

 集合写真



 二人だけでツーリングに行く事も多々ありました。これも大概発起人はしの君。

 「どっか走りにいきましょうよ!!」が彼の口癖(文字癖?)。

 そして二言目には

 「カメラお願いします!ww」






 そんな彼の周りには自然と人が集まり、色んな人にからかわれてはいましたが、みんな彼の事が好きだから…ってのが分かるくらい笑顔が絶えなかったです。

 しの君2


 ツーリングの帰り道には結局走りに行ったりして。やっぱりお互いのんびり走るのより路面と交渉しながら感性を研ぎ澄ませて走る方が性分だったんでしょう。

 
四国カルストにて1



 皆で行った最初で最後の四国カルストツーリング。


 確かカルストの前に石鎚スカイラインが走りたいと言い出してかつさんと一緒に行ったんですよね。結局かつさん一人旅になっちゃってレプリカとSS二人組は置いてけぼりw同じラインでオーバーランしてたのは笑った。

 
954オンボード仕様



 954のタンデムシート部分に俺が持ってたD-snapをくくりつけてモトGP風映像を再現してみたり。

 集合1



 Bikebrossの撮影会にも参加。

 結局この日も確か走りに行ったんだっけ?

 しの君



 つなぎを着てからしの君は急激に速くなってきてました。

 ラインの取り方も丁寧になったし、乗り方も決まってきてたね。


 そういえばヘルメットをちょこちょこ変えるのも趣味やっけw俺が知ってるだけで5個。会うたびに変わってたし、結局観れずじまいのメットもあったような…。

 

 
2



 外装が黒赤から黄色に変わった時「新色になったんで撮ってください!」っていきなりメールがきたっけ。

 でも俺は全然それを苦と思わなかったし、むしろしの君が楽しんでる姿を俺も楽しく眺めてたよ。

 CAMEL!



 そして彼の存在そのものを表しているCAMELカラーになって…最初で最後の撮影に走りにいったね。

 前日、3桁県道でおっちゃんに怒鳴られてて、あそこは迷惑だから新天地を探しに走りましょうと言い、色々探して見つけた良いのか悪いのかよく分からない微妙な場所。

 
しの君


 CAMELカラーは本当かっこ良かった。

 


 ここ最近はバイク以外の趣味でも色々一緒にやったっけ。

 お互いギターを弾いてた事もありしの君が家に来て結構弾かせてくれてた。レベルは向こうが完全に上で俺はいっつも見てるだけだったけどw

 で、そのままテンションが上がってカラオケに。レプリカメット2つ並べてさw

 またいこで!と言った時是非!と言ってくれたけど…結局1回きりやったな~。



 そして…「レース出ましょう!」の一言に感化され挑戦する事になった3時間耐久レースへの挑戦。

 
 しの君



 練習の時は

 エンブレまじ効かないんすけど

 やっぱ4st


 何かこればっか言ってたような気がするw


 
りょーた3



 写真撮るのもすげぇうまかったよな。俺みたいなヘタレライダーでもそれなりに見えるくらいw

 
ゼッケン



 そして迎えた3時間耐久レース当日

 ゼッケンは先月不慮の事故により亡くなったノリックこと阿部典史選手追悼の意味を込めて81番

 人の死を誰より理解できる奴だった。

 
152


 レースの結果はエンジントラブルによるリタイヤと散々なものだったけど、それでも皆で楽しみを共有できたあの瞬間は最高だった。


 打ち上げの居酒屋で酒を飲みながら楽しそうに横で話すしの君。

 帰り道でメンバー全員で撮ったプリクラ俺の財布の中にしっかりと入れてるよ。プリクラの顔もやっぱり変顔ばっかやったw






 そして帰り道に交わした「ほいじゃ、またね!!」の言葉。



 これがしの君と交わした最後の言葉でした。






 そこから空白の時が過ぎ、しの君の訃報。

 最初は何を言ってるのか分からなかった。


 まさか、さっきまで大阪行ってツーリング行って…ってmixiに書いてたやん!それがなんで?


 そして搬送先の病院へWongさんにお願いして急行。

 けど間に合わなかった。



 そして昨日、通夜に参列してきました。


 そこでの彼は、話に聞いてた事故の壮絶さとは裏腹に本当に綺麗な顔をしていて今にも起きてまたいつもの冗談を言うんじゃないの?って錯覚するくらい。

 だけど、遺族に頭を下げ、座布団に座り、彼の顔を見て、心の底から絞り出して声をかけた瞬間。全てが分かった。


 彼はもう…動かない。喋る事ができない。

 それでも振り絞って言葉をかける。

 また走ろうな。レース一緒に出ような…と。





 今、しの君はどこを彷徨っているのだろう。

 それは誰にも分からない。

 この世にたらればは絶対ない。もしあの時あの場所で。何て言葉は全て後から来るものなのだ。


 もしあの時、3桁県道で彼と会わなければこんなに悲しむ事もなかっただろう。

 だけど…もしあの場所で彼と会わなければ、こんなに楽しい日々を過ごす事はできなかったでしょう。



 だから俺は後悔しない。

 本当にお前に会えて良かったと心から思う。

 人生とは


 人の生きる道

 そして

 人の生きた証


 これから先の人生。君が同じ時間軸に存在してない事は悲しい事だけど、俺はこれから死ぬまでの間。絶対忘れないよ。

 俺がこれから生きる道に君はいない。

 でも俺の記憶の中に…永遠に刻みつけ「証」として存在するから。

 さよならなんて言葉で終わらせたくない。

 だから…いつものセリフを言おう。

 ありがとう…ほいじゃまたね!!



 
sino

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バイク | コメント:2 | トラックバック:0 |
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この記事のコメント

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2007-11-07 Wed 20:49 | | #[ 編集]
bitさん>コメント返すの遅れてごめんなさい。
とりあえず今日現場に行って手を合わせてきました。少しだけ落ち着いたけど信じれない気持でいっぱいです。
でも現場に行って自分の目で確認して、前を向こうという意識が芽生えたのでこれからも乗り続けて行きたいと思ってます。駄文すみません…
2007-11-11 Sun 18:14 | URL | りょーた #-[ 編集]

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